ひゃくまんとう
百万塔とは孝謙天皇の勅願によってつくられた木造三重の小塔で、塔身の上部中央には径1.5㎝ほどの孔をあけて、ここに黄麻紙に印刷した陀羅尼(だらに)が収められている。恵美押勝(えみのおしかつ)の乱を平定した後、鎮護国家と滅罪のために造立されたものと考えられている。百万の小塔が完成したのは宝亀元年(770)のことで、大和の大安・元興・東大・西大・薬師・興福・法隆・弘福(川原)と難波の四天王寺・大津の崇福寺の十寺にそれぞれ十万塔ずつ納められたが、今日まで伝わるのは法隆寺のみである。この百万塔は、明治41年(1908)に寄進に応じて法隆寺から初代根津嘉一郎夫妻に分け与えられたもので、それぞれに相輪(そうりん)陀羅尼が収められている。
百万塔とは孝謙天皇の勅願によってつくられた木造三重の小塔で、塔身の上部中央には径1.5㎝ほどの孔をあけて、ここに黄麻紙に印刷した陀羅尼(だらに)が収められている。恵美押勝(えみのおしかつ)の乱を平定した後、鎮護国家と滅罪のために造立されたものと考えられている。百万の小塔が完成したのは宝亀元年(770)のことで、大和の大安・元興・東大・西大・薬師・興福・法隆・弘福(川原)と難波の四天王寺・大津の崇福寺の十寺にそれぞれ十万塔ずつ納められたが、今日まで伝わるのは法隆寺のみである。この百万塔は、明治41年(1908)に寄進に応じて法隆寺から初代根津嘉一郎夫妻に分け与えられたもので、それぞれに相輪(そうりん)陀羅尼が収められている。