2020/9/18[NEZUNET会員特別ページ]「モノクロームの冒険」展の見所案内


展示室1では水墨画をご覧いただきます。大画面の屏風が並んで壮観です。


牧牛図(部分) 木村永光筆
最初に展示しているのは牛に乗る牧童を描いた小さな掛軸。京狩野の祖・狩野山楽の父である木村永光の作品です。永光は武士でありながら、絵もよくしました。注目点は、牛の体における墨づかい。墨の帯状のグラデーションや頸のあたりの淡墨線は、対象の再現とは別の表現の面白さをたたえています。
江戸琳派の酒井抱一が、この絵を写しています。抱一も、この絵の「新しさ」に惹かれたのでしょう。


瀟湘八景図巻(部分) 狩野常信筆
展覧会では、水墨画の発生についてもご紹介しています。
水墨画は、中国の唐時代に、酒を飲んで酔っ払った状態で、手足や髪の毛に墨をつけて絵を描く人々が登場したことに端を発します。現代のアクション・ペインティングさながらですが、墨をはね散らすことで偶然にできた形が、山や岩、雲や水を連想させ、それがやがて山水画へと発展します。墨の表現の多様性と人間のイマジネーションの賜物、それが水墨画なのです。
発生当初の水墨画は伝わっていませんが、その面影は、「潑墨(はつぼく)」と呼ばれる作品に見ることができます。狩野常信の「瀟湘八景図巻」は、江戸時代の潑墨作品です。


赤壁図屏風(部分) 長沢芦雪筆
18世紀になると、水墨はますます奔放に、また個性的になってゆきます。
なかでも、「奇想」の画家にあげられることもある長沢芦雪の「赤壁図屏風」は、見所満載です。まず、岩山や樹木の奇抜な形態や描写。海中にそびえる岩山には、鍾乳石(しょうにゅうせき)のようなものがいくつも垂れ下がっています。その右下の岩には、墨を上からかけ流したような描写も見えます。濃い墨で描かれた、踊るような木々。右端の山々に張り付く松の枝と葉は、まるで人の目が並んでいるように見えないでしょうか。一方で、流麗な淡い墨の線で描かれた波打つ水面も、見事です。
自在な水墨技法が、画面に活気を与えています。


木蓮・棕櫚・芭蕉図屏風(部分) 伝 立林何帠筆
日本近世の水墨といえば、琳派の「たらしこみ」も見逃せません。はじめに塗った墨や絵の具が乾かないうちに、水気の多い墨や絵の具を落とすと、両者が自然と混じり合い、複雑なにじみが生じます。それを技法として完成させたのが、琳派の祖・俵屋宗達です。
この作品は「たらしこみ」をこれでもか、というくらいに用いた作品。木蓮と棕櫚、芭蕉を描く屏風ですが、なんと、棕櫚の細い葉にも墨の「ムラムラ」が見えます。
光琳の弟・乾山に学んだ立林何帠(かげい)の作と伝えられています。


香厳上樹図(部分) 海北友松筆
近世の自由自在な水墨画の展開において、桃山時代最後の巨匠・海北友松は大きな役割を果たしたと想像されます。
人が枝を口にくわえて高い木にぶらさがっている時、禅の意味を問われたらどうするか、という禅問答の様子を描いた作品。流れるような柔軟な水墨、簡略きわまりない筆づかい、細部に頓着しない衣文線が、禅の心を伝えます。


展示室2には、近世の白描を集めました。


伊勢物語図・源氏物語図屏風(部分)
近世の白描は、『伊勢物語』や『源氏物語』など、王朝古典を描く作品で、最初に用いられました。極彩色の華やかさを避け、あえて白描で描くことで、古(いにしえ)の王朝文化を、少し距離をおいて眺める趣向のようです。
一方で、この屏風のように、わずかな彩色に加えて金を導入する白描作例が多いのも近世の特色です。


鳥獣戯画模本(部分)
白描は、奈良時代に日本にもたらされ、仏教の図像などで盛んに用いられましたが、平安時代には白描絵巻の優品も生まれました。
ご存知「鳥獣戯画」は、その代表的作品です。
「鳥獣戯画」は16世紀、戦国時代の戦乱で損傷しており、現存する4巻も制作当初の姿ではありません。そうした伝来の過程で本来の巻物から別れ、今は掛け軸になっているものが5点、確認されているのですが、本作品はそのうち1点の江戸時代の模本です。
模写ながら、原本の巧みな筆遣いをよく伝え、それは同時に、近世の画家の技量も教えてくれているのでもあります。


東遊び図(部分) 冷泉為恭筆
近世の白描で欠かせない画家といえば、冷泉為恭。京都に生まれ、狩野派の画家を父に持ちながら、やまと絵に傾倒し、古い時代の絵を模写して学習し、王朝の風俗を故実に則って描きました。
平安時代に貴族たちが舞った「東遊び」を描くこの作品も、清楚ななかに、雅な風情があふれます。