「蔵出し蒔絵コレクション」WEBギャラリートーク
2022/9/10
展覧会の始まり
展覧会は、蒔絵のもっとも基本的な技法である「研出(とぎだし)蒔絵」「平(ひら)蒔絵」「高(たか)蒔絵」を、実際の作品にそくしてご紹介するコーナーから始まります。
吉野山蒔絵料紙硯箱
- 日本・江戸時代
- 19世紀
一つの作品にもさまざまな蒔絵技法が併用されますが、この硯箱では、茅葺きの家の屋根の盛り上がりにご注目いただきます。これは高蒔絵。下地に用いる粉を漆で固める作業を繰り返して高さを出しています。
蒔絵は、たいへん手間を要する工芸技法なのです。
花文蒔絵提重
- 日本・江戸時代
- 19世紀
本展では、器種ごとにグルーピングして、コレクションをご覧いただきます。まずは飲食器。
こちらは、屋外に食物や飲物を携行する際に用いる、いわばピクニックセットです。重箱や徳利、小皿や盃が、提げ手の付いたフレームに組み込まれます。格子と花文の蒔絵が、行楽の楽しみを一層、盛り立てます。
嘉一郎の蒔絵収集は、こうしたちょっと上等な飲食器から始まったことが、購入記録からうかがわれます。
春日山蒔絵硯箱
- 重要文化財
- 日本・室町時代
- 15世紀
当館の蒔絵コレクションで質量共にもっとも充実しているのが硯箱です。硯を中心に、墨や水滴、筆を納める硯箱は、文具にとどまらず、調度品の中でも主要な位置を占めました。嘉一郎も熱心に集めたようです。
中でも、重要文化財に指定された3点の硯箱が並ぶコーナーは、壮観です。蓋の表と裏の意匠の取り合わせなど、箱ならではの趣向もあわせ、ぜひ展示室でじっくりご覧ください。
鈴鹿合戦蒔絵硯箱
- 日本・江戸時代
- 18~19世紀
こちらも硯箱ですが、なんともダイナミックなデザインです。崖や渦巻く波が、びっくりするくらい盛り上がっていますが、これは、最初にご紹介した高蒔絵を徹底的に追求したもの。武士や鬼は彫金で象られ、嵌め込まれています。
超絶技巧をお楽しみください。
雪華蒔絵箱
- 日本・江戸時代
- 19世紀
嘉一郎は、硯箱以外にも大小さまざまな身の回りの調度を集めました。
こちらは、雪の結晶をデザインした小箱。江戸後期、『雪華図説』という本の出版がきっかけとなって、雪模様ブームが起きました。写真で見ると直方体のようにも見えますが、上から見ると実は菱形。器形も含め、江戸時代の作品とは思えないモダンさが魅力です。
百草蒔絵薬箪笥
- 飯塚桃葉(初代)作
- 日本・江戸時代
- 明和8年(1771)
これは、薬を収納するための小型の箪笥です。薬を保管する渋紙の包みや銀製ケース、ガラスの瓶など、内容物も豊富で、医療文化財としても貴重ですが、圧巻は、100種類にも及ぶ薬用植物が写実的に表された蓋裏。江戸時代における本草学の隆盛と、阿波藩お抱えの蒔絵師・飯塚桃葉の技巧があいまった作品です。
月烏鷺蒔絵印籠掛
- 古満巨柳作
- 日本・江戸時代
- 18世紀
はじめは印、やがて薬を入れる実用を離れ、印籠は、贅を尽くしたデザインが施されるお洒落アイテムとなりました。コレクションの対象ともなり、収集した印籠を鑑賞するため、江戸後期には印籠掛けが特注されました。この印籠掛けには、そこにも抜かりなく蒔絵で装飾がされています。主役は印籠なので控えめですが、繊細な技法が見どころです。
このたびの展覧会では、12個の印籠をずらりと掛け並べました。
誰が袖蒔絵三味線
- 日本・江戸時代
- 19世紀
当館の蒔絵コレクションには、数は少ないながら楽器、あるいはそれを収納する箱があります。その中から一点、三味線をご覧に入れましょう。
作品名にある「誰が袖(たがそで)」とは、この場合、着物の袖の形の匂い袋のこと。二つを紐で結んで首にかけ、両方のたもとに忍ばせました。この三味線は、胴の全体や竿の先に「誰が袖」を蒔絵であしらっています。演奏中はほとんど隠れる場所の装飾が、すこぶる粋です。
秋野蒔絵手箱
- 重要文化財
- 日本・室町時代
- 15世紀
細く線を残す「描割(かきわり)」と呼ばれる手の込んだ技法をはじめ、精緻な蒔絵で、秋の野の風情がこの上なく見事に表現されています。こうした中世の手箱は数が少なく、コレクター垂涎の的。嘉一郎が入手したのも晩年、昭和10年(1935)のことでした。
昭和16年の秋、創立なった根津美術館の第一回の展覧会の出品作の一つともなりました。
蓮池蒔絵経箱
- 日本・鎌倉時代
- 13世紀
嘉一郎は晩年、寺院の建立を志していました。当館の所蔵品に仏画や仏像が多いのは、そのためでもあります。展覧会の最後は、仏教で用いる道具、仏具をご覧いただきます。
浄土を表す蓮の華を蒔絵でデザインした、おそらく法華経が収められた経箱と思われます。昭和12年、蒔絵作品では最後の高額な購入品となりました。